
第1楽章の冒頭は、この作品の瞬間的な印象を決定づける。「何かいつもとは変わった響き」というのがハイドンが表現したかったことのひとつではないかと思う。丁度、ヒット曲のアルバムに少しは曲調の異なった曲が混じっているように。それで76番、77番と続く一連の曲がひとつのセットであることがよくわかる。ハイドンの短調による交響曲は多くない。「ハ短調」では52番以来ということになる(以降では95番)。
第2楽章はしっとりと美しく、ロマンチックですらある。この楽章の調性は変ホ長調であり、もはや短調ではない(ハ短調と変ホ長調は平行調の関係にある。つまりいずれもフラットが3つ)。静かな音楽が突然大きな音で自信たっぷりに変換する部分などは、ちょっとそれまでにない感じである。長いが苦にならない。
第3楽章は短いメヌエットだが、ここはハ長調。ちょっとおもしろいのは音楽が時に休止するような気がすることである。パリ交響曲以降の作品で試みられる様々なユーモアの始まりが感じられる。それは最終楽章にも言える。 木管楽器が可愛いソロを吹きながら、流れるような数分が続く。規模は小さいが充実した音楽である。やはりハ長調で終わる。
短調が長調主体の音楽に程よいスパイスを効かせ、一種の流行を形成していた古典派の時代が過ぎ去り、ロマン派の時代になると短調はそれ自体が、人間の感情や観念を表現するテーマとなって行く。その始まりはベートーヴェンの「ハ短調」だとすると、これはそこに至る最初の一歩ではないか、などと妄想しながらこの曲を聞いた。むろんこれは素人の勝手な思いつきでしかないが。
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