
だが今をときめくラトヴィア出身の歌手エリーナ・ガランチャがカルメンを歌うとあってはいてもたってもいられない。そういうわけで今日も東劇に足を運んだ。相手のテノール、ドン・ジョゼはロベルト・アラーニャでこれがまたいい。指揮はヤニック・ネゼ=セガンという若い指揮者、カナダ人だそうである。
「カルメン」を初めて見たときに比べると、今では落ち着いてストーリーを追うことができるようになった。思えばこれまでは、次々と繰り広げられる豪華な舞台と有名な歌の数々にすぐに興奮してしまい、気がついてみると終わっている、という感じだったと思う。クライバーのウィーン公演をテレビで見た時も、アグネス・バルツァの舞台も、マゼールによるオペラ映画でも、はたまたオッターの個性的な演技も、私はその都度音楽と歌に打ちのめされ、興奮が冷めやらぬうちにその詳細を忘れてしまうのだった。 オペラの面白さ、楽しさをそのころも熱く語ってはいたが、冷静に考えてみると私はただ圧倒されながら、本質的な部分まで理解していたかは疑わしい。
20代の頃までとは違って、いまではもう少し客観的にオペラを見ることができるようになった。するとカラヤンのCDもレヴァインのDVDも、今や「カルメン」と聞いただけではあまり興味をそそらなくなったし、それよりも他にまだ知らない、見るべき作品が山ほどあるではないかと思うようになった。
舞台でも「カルメン」は見ている。ニューヨーク・シティ・オペラと小澤征爾音楽塾である。だがいずれも綺麗にまとまってはいるものの、新たな発見は徐々に少なくなっていった。仕方がないことなのかも知れない。今回の「カルメン」もそういう点で大きな発見をするには至らなかった。ただ、カルメンのガランチャはこれまでの「カルメン」の中では最高だったと思う。
歌の点でも演技の点でもそれは断言できる。特に最終幕でのアラーニャとの演技は、まさに手に汗を握る迫真の演技だった。カルメンが押し倒されるシーンもカメラがアップで捉えるので、余計にそう感じたのかも知れない。この2人はその容姿も相まって、現在望みうる最高のカルメン&ホセのカップルだったのではないかと思う。
一方ミカエラ役のフラットリは、この役を歌うにはやや大柄で強力な感じのするところが賛否を分けるだろう。歌はいのだが、もう少しリリカルだといいのにとも思うのは私だけか。エスカミーリョはピンチヒッターで上演わずか3時間前にキャストとなったタフ・ローズという人だった。長身で恰好がいいが、何と32歳までニュージランドで公認会計士をしていたというから驚く。
レチタティーヴォでつなぐウィーン版による上演は、今では珍しい方かも知れない。音楽に連続感をもたらすものの、私は何となく劇が陳腐になってしまうような感じを抱いてしまう。演出のエアは第2幕の間奏曲にもバレエを挿入したり、岩山のシーンにまで子供を登場させるなど、ややかしましい演出で焦点がぼやけている。素人受けがするし、たしかに主役の2人に文句のつけようはないが、良く知っているだけにいろいろと考えてしまう公演だった。もしかしたら、収録上の問題として音楽と歌の音が分離しすぎていたのかも知れない。ネゼ=セガンの指揮は、活気に満ちグイグイとひっぱるタイプ。間延びするよりははるかにいいが、緊張感を維持し過ぎようとして大変疲れるような気もした。
(2011/09 東劇)