日本人にとってタイの魅力は、その美しい自然、美味しい食べ物、安い物価、それにタイの人々の微笑など数多いが、私はそこに同じ仏教国としての親近感を感じざるを得ない。サンスクリット語あるいはタイ語で、例えば阿弥陀如来や弥勒菩薩をどう言うかは覚えていないが、それと同じ概念で仏像の種類を彼らはよく知っている。息子がとうとう手にしたネックレスは、滅多に作られていない特注品で、その土産屋の主人がケースを手配し、自ら仕上げているとのことだったが、そのネックレスを下げているといつも道行く人から声がかかった。
見せてくれとというので差し出すと、これは一番いい仏さんだなどと言ってくれる。そして彼らはとても親近感を感じてくれるようだ。この効果は私にとって予想外だった。けれども私も横臥の姿勢をした仏像が好きなので、ごく小さな置物を買ってケースに入れてもらった。
しかし面白いことにタイにおける仏教の伝播は、13世紀である。このことは私にとっても意外だった。仏教国としての歴史は日本のほうが古いということになる。ワットというのは寺院の意で、バンコクにも数えきれないくらいのワットがある。私はこれらを一日がかりで歩きまわった記憶がある。ただでさえ暑く空気の汚れたバンコクで、私は気が遠くなりそうになりながら、見て回った。
プーケットにも寺院が多くあるが、そのなかで最大の寺院がこのワットシャロンである。他は知らないが、確かに間近で見る塔や本堂は、広い敷地の中を進むにつれて豪華な姿を表す。上に登ればプーケットの穏やかな風景が広がる。風が通り抜けてゆき、強い日差しでも陰に入るとしばし涼しい。ココナッツのジュースで喉を潤し、昼下がりのシャロン寺院を後にした。
シャロン寺院へ向かう前に、私たちはプーケット島の南端に位置するプロンテプ岬を目指した。行ってみるとそれなりに整備された観光地で、何か日本の岬の公園とよく似た感じがするが、ここから見る落日は素敵だそうである。そして目を右へやるとナイハン・ビーチのリゾートがよく見える。美しい入り江にはヨットなどが浮かび、ラグーナ地区の風景とはまた違った美しさである。
プロンテプ岬からボン島などの方向へ回ると、そこには海岸沿いに安そうなレストランが点在していた。このあたりにも大きなホテルはあるようだが、今の私にとってはプーケット・イコール・ラグーナの光景となってしまっている。それだから、次回にもし来ることがあれば、果たしてよほどの思いがなければ、そこに泊まることもないだろうと思っている。
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