2012年1月13日金曜日

プーケットへの旅行-Wat Charong

仏陀のネックレスは、シャロン寺院の土産屋で遂に発見した。後日、またもやタクシーを手配し、プーケットで最も有名な寺院へと向かった私たちは、快晴の青空のもとを国道を南下し、プーケットタウンを通り過ぎていった。これまで空港と観光地しか見ていなかった我々は、これでようやく普通の人が暮らす街並みと、郊外にある工場やショッピングセンターの様子、バイパスの渋滞、プーケット島の全体的な規模感や光景を知ることとなった。


タイの仏教は日本とは違い、上座部系の仏教である。これは小乗仏教などとも習ったが、大乗系の中国や日本に伝来した仏教とは違って、むしろ本流の色合いが濃い。スリランカなどもそうだが、こちらの仏教はとにかく豪華である。例えばここのシャロン寺院にしても、金ピカの仏陀が所狭しと並んでいて見るものを驚かせる。私は最初写真撮影はできないものと思っていたが、ロシア人などがパチパチやっているし、それを禁止する張り紙も見当たらなかった。後ろから来た熱心な信徒(というよりはタイ人はほとんど敬虔な仏教徒である)が、金の箔を僧侶の像にペタペタを貼ってお祈りをしている。私も日本式にお祈りをし、そして線香を供えた。

日本人にとってタイの魅力は、その美しい自然、美味しい食べ物、安い物価、それにタイの人々の微笑など数多いが、私はそこに同じ仏教国としての親近感を感じざるを得ない。サンスクリット語あるいはタイ語で、例えば阿弥陀如来や弥勒菩薩をどう言うかは覚えていないが、それと同じ概念で仏像の種類を彼らはよく知っている。息子がとうとう手にしたネックレスは、滅多に作られていない特注品で、その土産屋の主人がケースを手配し、自ら仕上げているとのことだったが、そのネックレスを下げているといつも道行く人から声がかかった。

見せてくれとというので差し出すと、これは一番いい仏さんだなどと言ってくれる。そして彼らはとても親近感を感じてくれるようだ。この効果は私にとって予想外だった。けれども私も横臥の姿勢をした仏像が好きなので、ごく小さな置物を買ってケースに入れてもらった。

しかし面白いことにタイにおける仏教の伝播は、13世紀である。このことは私にとっても意外だった。仏教国としての歴史は日本のほうが古いということになる。ワットというのは寺院の意で、バンコクにも数えきれないくらいのワットがある。私はこれらを一日がかりで歩きまわった記憶がある。ただでさえ暑く空気の汚れたバンコクで、私は気が遠くなりそうになりながら、見て回った。

プーケットにも寺院が多くあるが、そのなかで最大の寺院がこのワットシャロンである。他は知らないが、確かに間近で見る塔や本堂は、広い敷地の中を進むにつれて豪華な姿を表す。上に登ればプーケットの穏やかな風景が広がる。風が通り抜けてゆき、強い日差しでも陰に入るとしばし涼しい。ココナッツのジュースで喉を潤し、昼下がりのシャロン寺院を後にした。

シャロン寺院へ向かう前に、私たちはプーケット島の南端に位置するプロンテプ岬を目指した。行ってみるとそれなりに整備された観光地で、何か日本の岬の公園とよく似た感じがするが、ここから見る落日は素敵だそうである。そして目を右へやるとナイハン・ビーチのリゾートがよく見える。美しい入り江にはヨットなどが浮かび、ラグーナ地区の風景とはまた違った美しさである。
プロンテプ岬からボン島などの方向へ回ると、そこには海岸沿いに安そうなレストランが点在していた。このあたりにも大きなホテルはあるようだが、今の私にとってはプーケット・イコール・ラグーナの光景となってしまっている。それだから、次回にもし来ることがあれば、果たしてよほどの思いがなければ、そこに泊まることもないだろうと思っている。

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