2012年1月24日火曜日

旅行ガイド:「週末香港&マカオ」(平凡社、2011年)

今回のプーケット旅行を香港経由とした理由は、私が香港を好んでいるからである。最近の香港のガイドブックの中から、今回の旅行にも役立ちそうな、それでいて読んで面白そうなものを買ってみた。以下はその時の感想など。

-------------------------
2011年11月20日

今最も新しい香港のガイドブックが売られていたので買ってみた。これがなかなか面白いのでここに書き留めておこうと思った次第。

思えば香港は私にとって、もっとも渡航回数の多いところ(と言っても4回程度だが)で、実際もっとも好きな都心のひとつである。ここ数年はインフルエンザか何かの騒ぎで旅行は少し躊躇していたし、実際98年の中国への返還直後は、もうあの芳しい香港の姿はなくなってしまったのかとちょっぴり淋しい思いであった。それもそのはずで、街には大陸からの観光客で溢れ、そのマナーも悪く、おまけに香港ドルはベラボーに高かった。

香港中に先行きの見えない焦燥感と諦めの気持ちも充満していたように思う。ビクトリア・ピークは小奇麗になったし、それまで海だった地域も埋め立てられて景観が変わり、そして何とあの香港そのものを象徴する九龍城やカイタック(啓徳)空港がなくなってしまったのだった!

そう、啓徳空港こそ私にとっての香港の第一印象であり、そしてそれはまったく偶然、台北を経った大韓航空機が夜中のネオンサインの洪水のまっただ中に「着陸」するという、時に私は事前準備も想像もできなかった経験・・・寝ぼけた頭をなぐられたような衝撃、それに続く繁華街までの異様なまでに猥雑な道のり・・・深夜でも耐えない人々の匂いと蒸し暑さと騒音の入り混じった中を尖沙咀の安ホテルに到着するまで数十分間を私はいまだに鮮明に思い出すほどにまで強烈だったからだ。

そしてこの本の中にも、啓徳空港がいかに衝撃的だったかを同様に体験した著者のエッセイが載っていたりする。ああみな同じだったのか、などとインターネットのなかった時代を懐かしく思うのだが、さて全ての人が好きになれる街かどうかはわからない。ただタテマエの多い日本社会の窮屈さ、徹し切れない資本主義の中途半端さなどというものに少し辟易している合理的で享楽的な都会人にとっては、香港の魅力というのは尽きないものがある(ニューヨークやパリがこれに相当する)。

本書はそのような香港の「現在」の魅力を伝えている。その変わりゆく姿は中国変換後10年以上がたってもまだ進行形であり、しかもかつての植民地時代とはまた違った魅力を持ち始めていることをノッた文章で知らせている。写真だらけのパンフレット風ガイドブックや、実質本位のホテルリスト(はWebの普及と共に衰退の一途をたどっている)とは異なる視点である。と同時に文明論のようなレベルには達していないので、これは気楽に読める雑誌の記事のようなものだ。
それでいい。ガイドブックとしてまた香港へ行きたいな、と思わせる「文章」に触れること、それは今では難しくなってしまったが、そういう本書の役割を私は歓迎するし、それに実際、この12月には5回目となる13年ぶりの香港旅行を敢行することとなりそうである。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」変ロ長調作品56a(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団)

ブラームスの今一つの管弦楽作品「ハイドンの主題による変奏曲」は、ハイドンの作品を元にしたものではない。ハイドンの作品とされていた頃のディヴェルティメント第46番変ロ長調Hob.II.46の第2楽章を題材としている。この曲は「聖アントニウス」というタイトルが付けられているように、古...