
本上演ではそのホフマンを、マルタ出身の若手ジョセフ・カレーハが歌うことがまず注目される。この役は長年プラシド・ドミンゴのはまり役で、当然METでもドミンゴ以外の歌い手が歌ったことは近年ない。いやジョン・サザーランドと共演した昔のボニング盤でも、この役はパヴァロッティではなくドミンゴだったし、小沢盤やその他の公演でもドミンゴ、またドミンゴである。
それほどドミンゴの印象が強い作品にいきなり挑むというのは、大変だったと思う。だが無難にまとめるだけでなく、なかなかの好演だった。若いとは言え落ち着いた雰囲気で、詩人としての風貌もなかなかはまっている。当たり役だと思った。そしてその声は、トロヴァトーレのマンリーコを歌わせたいような感じだ。少し息継ぎが気になるところもあったが、手堅い演技は静かな熱を感じた。
もう一人、重要でしかも実力と体力が必要とされるのが、4人の悪役をひとりでこなすアラン・ヘルドである。長身で低い声は、重唱の要でもある。さらにもうひとり、女性が歌う男役のニクラウスが、この作品の成功の鍵を握っている。それはケイト・リンジーによって歌われたが、インタビューを含めなかなか好感のもてる歌手である。この3人の手堅い実力が、この公演を成功に導いたと思う。指揮は音楽監督のジェームズ・レヴァイン。病気でしばらく見なかったが、風貌も指揮姿もまあ健在のようだ。嵐のような拍手は、レヴァインに多く向けられた。私は何十年も前からメトの映像を見ているが、いまだにレヴァインが旺盛に指揮するというのは大したものだと思う。
さて。そのような素晴らしい3人・・・詩人ホフマン、ズボン役ニクラウス、悪役が常に舞台に登場し、その歌声がしっかりとしているのでそれだけでも見事なのだが、これに加えて(当然のことながら)ソプラノが3人登場する。もちろんこれが各エピソードでのホフマンの失恋相手である。
サザーランドのCDでは一人彼女が演じるのだが、今回の舞台は3人の歌手がそれぞれの持ち味を発揮して、これもまた見ごたえが十分。その3人とは、今回の登場順に機械人形オランピアを演じた韓国人キャスリーン・キム、病死する歌手アントニアを演じたアンナ・ネトレプコ、さらにベニスの娼婦ジュリエッタを演じたエカテリーナ・グバノヴァである。この豪華なメンバーが次々に登場してくるので、もはやそれがどうのこうのという次元を通り越して、凄いの一言である。
なおホフマン物語には決定稿がなく、演奏の内容もしばしば異なる。今回は上記の順に演奏されたのだが、私としては登場順に違和感はなく、むしろ順に話が盛り上がっていく感じがして面白い。それはホフマンの恋愛の軌跡としても自然であり、またあの有名な舟歌が後半に出てくるのもいい感じだ。
ソプラノの3人はそれぞれ違った歌の傾向を持っている。最初のオランピアは機械人形だが、彼女の超技巧的アリアは今回の最大の見どころのひとつであったことは疑いがない。小柄な彼女は丸で本物の人形であるかのような演技を続けながらほぼ完ぺきにこのシーンを歌い切り、その喝采はまたたくまに本上演を記憶に残るものにしたのだ。
次に登場したネトレプコについては、もはや何も言うことはないと思う。ロシア生まれの彼女は今や世界最高のソプラノであり、その声の貫録はさすがである。最後にステラとなって現れるのもネトレプコで、舞台での役もオペラ歌手である。
グバノヴァは登場時間がやや短いが、この娼館のシーンは演出上の効果も良く見ごたえがあった。4つの幕が終わってエピローグになると、ニクラウスを演じていたリンジーが、清楚なドレス姿となってミューズ役で登場。説得力のある歌声で最終シーンを締めくくる。このニクラウスこそ本作品の隠れたテーマである。詩人ホフマンにとっての親友の彼こそ、少し議論してみたくなる意味ありげな存在である。だが、そのような難しいことを考える間もなく、3時間に及んだ劇は華々しく幕を閉じる。オペレッタを確立した作曲家が死の直前に残した唯一の歌劇が、このようなドタバタ劇一歩手前の作品であったことを私は恥ずかしながら初めて知った。
案内役はデヴォラ・ボイト。機知にとんだインタビューは今回も楽しい。こうなったら明日の「カルメン」も見て、フランス・オペラ三昧と決め込もうかと思う。
(2011/09 東劇)
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