
むしろかつての歴史的名演奏の数々は、レコードで知ることとなる指揮者である。それらはモーツァルトの「コジ・ファン・ツゥッテ」、ベートーヴェンの「フィデリオ」、ワーグナーのバイロイト・ライヴ、それにベルリン・フィルとのブラームスなどだが、このまだ若々しい頃の指揮を知れば知るほど、音楽の味わいというものを思い知る。今では聞かれなくなった感のある演奏は、ある意味でレトロであり、それでいてモダンでもある。リヒャルト・シュトラウスの一連の演奏などは、その両面が出ているような気がする。
さてこの1969年のザルツブルク音楽祭のライヴも、かつてのベームを知る貴重な録音である。まるで止まりそうなテンポで始まる序奏は、印象的なピチカートではっとするような生々しい音に揃い、後半になるにつれて静かな熱を帯びてくる。全体的に遅いテンポも、この曲の魅力を伝えている。もしかしたら重々しいような演奏のほうが、この曲の姿が良くわかるような気がするのは、単なる慣れのせいなのだろうか。歴史的録音というほどではないのかも知れないが、昔のライヴの雰囲気を捉えたステレオ録音と、今では懐かしいような響きに魅せられるディスクである。
なお、このCDの他の部分にはこの日のプログラムであるマーラーの「さすらう若人の歌」(メゾソプラノ:クリスタ・ルートヴィヒ)と、これまた名演のシューマンの交響曲第4番が収録されている。
ベートーヴェンの第4番の名演奏で他に思いつくのは、ベームの追悼演奏会をライヴ収録したカルロス・クライバーによる演奏(バイエルン国立管弦楽団)や、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団によるライヴである。前者は今では珍しくない猛烈なテンポによって、オーケストラの一部がついていけないほどの緊張感と躍動感に驚愕した覚えがある。一方、後者はそれと同じテンポでありながらオーケストラが意地でもついていくことが更に驚きである。共産主義的な減点主義が生んだ類稀な名演というべきか。
0 件のコメント:
コメントを投稿