2012年4月8日日曜日

ベートーヴェン:交響曲第4番 ①リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団

ムーティのベートーヴェン全種は、隠れた名盤だと思う。だが録音が悪い。その悪さは、この演奏がいいだけに悔しいくらいだ。もともとフィラデルフィアのホールは音質の悪さで悪名高い。だがこの時期に録音されたムーティの演奏のすべてが悪いわけではない。例えば、ストラヴィンスキーの「春の祭典」などはなかなかだと思うし、その後の音楽監督サヴァリッシュの録音でも、ここまで悪いものはない。というわけでこれはムーティの貴重な演奏を知る素晴らしい録音であるにも関わらず、存在感は薄い。

ムーティの演奏は、今風のトスカニーニという感じと言えばまあ当たらずしも遠からず、というところだろうか。だが録音は残響を伴っており、しかも全体の音が広がりをもっていない。下手をすればモノラル録音ではないか、という感じの、何か別の部屋で聞いているような捉え方である。従ってモノラルながら残響を排除して独特の緊張感を維持したトスカニーニのようには聞こえない。

このムーティの全集で、例えば第7番やハ短調の第5番などは特にいい演奏だと思う。その中から第4番に登場してもらうわけだが、この第4番という曲はなかなか難しい曲だ。この曲がいい曲に聞こえる演奏がなかなかないのである。そこで思い出すのはクレンペラーの遅い演奏とか、バーンスタインの迫力ある演奏である。特にバーンスタインのウィーン・フィルの演奏は、私にとって初めてこの曲の魅力を実感した最初の演奏だった。

遅くても速くても、噛み締めるような演奏が、私にとっては印象的だった。それにくらべると、このムーティ盤は何か流れていくようなところがあって、これはイタリア風の演奏ということなのかも知れない。そのような感覚は演奏のスタイルの違いというべきだろうかと思う。ドイツ風の骨格のあるしっかりとした演奏と、イタリア風の柔らかくて陽光が降り注ぐような演奏。その違いを実感するための、後者の代表選手のような演奏である。そのような違いを楽しめるようになると、演奏による甲乙などはむしろどうでもいいような気がする。

1988年の録音なので、今のエッジの効いた演奏とは一線を画す。かと言って古いスタイル、というわけでもなく、そのように片付けてしまうには少し勿体無いような演奏。ベートーヴェンが聞きたくなって、他の有名な演奏ではない演奏を聞きたい時に、このムーティの全集はなぜか重宝する。

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