12月にはデュトワによる定期演奏会が開催されたが、この日の聞き物はチャイコフスキー・コンクールで一位となった上原彩子の凱旋公演であった。最後の演目に置かれたピアノ協奏曲第1番は、久しぶりにこの曲をたっぷりとした伴奏で聞いたという思いがした。もちろんピアノの堂に入った演奏こそ満場の拍手をさらったことは言うまでもない。
その後、2005年にはN響の演奏会には出かけることはなく、2006年もわずかに一回のみであった。その一回は、すでにお馴染みとなったスクロヴァチェフスキーのブルックナーで、交響曲第8番を聞いた。私はN響のブルックナーとは相性が良かったので大いに期待したが、この曲は難しいからかなかなか期待通りの演奏にならない。スクロヴァチェフスキーも読売日本交響楽団との演奏のほうが、相性がいいような気がした。

ガーシュインのピアノ協奏曲の弾き振りというコンサートに、私は我慢ができなかった。そして年末の第9。この年の指揮者はヘルムート・リリンクであったが、その第3楽章の美しさと、第4楽章の合唱の素晴らしさは、この年中行事と化した演奏を一段高いところにもたらしたように感じた。今年はノリントンということで今から期待している。
2011年になってプレヴィンの再登場となり、私が出掛けたのはメシアンのトゥーランガリラ交響曲。初めて聞く大規模な不協和音の連続を、楽譜も見ないで指揮した老齢の指揮者に心からの拍手を送った。そして2012年になってノリントンの2つの定期に出掛けたのは、前に書いたとおりである。
このように振り返ってみると、最近は指揮者とプログラムでかなり絞って出かけていると言えそうだ。忙しいということもあるが、かつてどんな演奏会でもますは出かけていたという時代とは違って、N響との相性やプログラムの珍しさを優先している。サントリー・ホールの定期は席が取れないので、本来なら聞きたい演奏会は他にもある。時間があればもっと行きたいとも思う。N響は、最近世代交代が進んで、一昔前とは随分違った上手さを持つようになった。だからこれからも、折に触れて聞いて行きたいと思いを新たにしている。
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