
カラヤンは自分が君臨した手兵のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、3種類のベートーヴェン全集を録音した。60年代、70年代、80年代と時代が進むに連れてカラヤン節に磨きがかかり、録音技術の進歩と相俟って、リリースされるたびに話題を呼んだ。加えてビデオ撮影も行なわれ、録画されたベートーヴェン全集は2種類、さらにフィルハーモニア管弦楽団とによる50年代の録音も加えると、全部で6種類はあるということになる。だが、批判を恐れずに言えばこの中では、50年代のフィルハーモニア管弦楽団とのものが演奏としては最も素晴らしく、後になるほどオーケストラの統制に問題があるような気がする。
ただ50年代はさすがに録音が平べったく、何か気の抜けた音がする時があるので、私は60年代のベルリン・フィルとの演奏が、ディスクとしては最も欠点の少ない全集と思う。それぞれの曲毎に、若干の出来、不出来があるので、これは全集としての感想である。
そういうわけで私は第7番と第8番をカップリングした一枚を60年代の録音で所有しているが、最近はベートーヴェンの交響曲も曲毎に分けて発売されるのではなく、全集として廉価販売されるので、今60年代のものを購入するとすれば、当然全集ということになる。その中で、どの曲がもっとも優れているか、というのも野暮な質問で、どの曲の演奏も一流の水準に達していることは言うまでもない。何せカラヤンなのだから。
流線型の車を思わせるようなスマートさで、あ然とするような見事な演奏である。この職人的とも言えるような音と音の重なり、そして強弱によって、ワーグナーもブラームスも、そしてヴェルディやチャイコフスキーでも、カラヤンにかかると物の見事に音楽がモダンな建造物に変身する。その姿を演奏前に想像することが楽しく、そして実際に聞きながら舌をまくようなフレーズに出会うと、やはりそうやるか、などと嬉しくなる。そういう体験がしたくて、またもやカラヤンのディスクを買ってしまう。まだ聞いたことのない曲を、カラヤンならどう奏でるか、これがまたクラシック音楽の楽しみの一つであった時代がある。
といくわけでベートーヴェンの作品もカラヤン流の料理によって、それがすべてではないにしろ、他では味わえないような趣が、今でも再生可能なものとして手元にあるという感覚は、クラシック音楽のディスク収集家として、避けては通れないだろう。「私はカラヤンを一切聞かない」という人もいるが、そういう人(はそれなりにいる)を除けば、まあ、カラヤンの演奏を一度は聞いて見るだろうし、この演奏が媚薬のようにいつも頭から離れない、という経験もすることだろうと思う。
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