----------------------------

映画館での映像上映として、今年の締めくくりに恵比寿の東京都写真美術館へ出かけ、交響曲第1番、第3番「英雄」、第2番、それに第6番「田園」(演奏順)を見てきた。タイトフィットな時代のベートーヴェンではなく、少しカロリー・オーバー気味の演奏は、新しい発見をもたらしたというよりも、何か安心感のある、それでいて本場の味わいは十分な演奏に久しぶりに感銘を受けた。
ここには楽しそうに、満足そうに演奏するウィーン・フィルの映像が捉えられており、ティーレマンの演奏が作為的で鼻持ちならないと感じる若手や、やっと昔ながらの演奏に出会えたと胸を撫で下ろす中年以降の年代など印象は様々だろうが、私としては上記の意味でとても親しみやすいものだ。それがそんじょそこらの演奏団体ならいざしらず、ウィーン・フィルとなればこれは「おらが音楽」の全開である。
私は第2番の演奏にワルターを思い出し、第3番の演奏でバーンスタインを思い出した。「田園」ではそうだ、シュミット=イッセルシュテットだろうか。しかしどの指揮者で聞いても、同じような木管楽器の響きになるのが不思議な程である。
第2番のすこぶる熱のこもった演奏がまずは印象的である。ここの第1楽章はちょっとした名演だと思ったが、第2楽章の遅いテンポは今では聞かれなくなった風合である。同じ事は「田園」でも随所に聞かれ、この2曲が非常に印象的だった。もっと個性的にやってもいいのでは、などと思ったりもしたが、そうでないところが現代的。そして「英雄」の終楽章では、このコンビの最大の見せ所だったように思う。
ウィーン・フィルでなかったら、もっとティーレマンの個性が出すぎて、かえって変な演奏になったかも知れない。だが、ウィーン・フィルの伝統の力がこれを中和し、ティーレマンも無茶な要求をせず協調路線と取ったところに、近年稀に見る成功となった。客席の拍手は相当なもので、どの曲が終わっても、オーケストラの退場後にまで拍手が鳴り止まない光景は、ウィーンでは珍しいのではないだろうか。それだけ客席の期待は大きかったと言えるが、そういえばこの20年近くは、アバドやラトルの中途半端な演奏、アーノンクールの気鋭極まる(それはそれで面白いのだが)演奏などが続いていたのだから、そうかベートーヴェンはもともとこういう音楽だったのか、などという思いを持ちたかった向きには大歓迎だったようだ。
私はといえば、当初は複雑な思いだった。今さらまた前の演奏に戻る気もしないと考えていた。だが、自分の同世代が聞いてきた音楽が再現される様子は、別の頭脳を刺激した。もちろんティーレマンは昔の指揮者と同じというわけではない。もしかしたら彼にしかできなかった表現があるようにも思う。だが、それがウィーン・フィルのベールをかぶったことによって、2010年の音楽シーンに新たなページを刻んだと言えるのかも知れない。
売られているディスクには、かなり長時間の対談集が付けられている。これをゆっくり見てみたいものだ。それから第9。日本人の藤村実穂子も登場するこの曲は、やはり興味がある。今年最後の締めくくりにでかけようと今から楽しみにしている。
(2011/12/13)
0 件のコメント:
コメントを投稿