1996年に帰国した私は再び東京で暮らし始めた。またN響の演奏会を聞くことができるようになったわけだが、彼の地で非常に多くの演奏会を聞いた私にとって、少し食傷気味であったというのが正直なところだろう。そういうわけで、次のN響定期にでかけたのは、1997-1998シーズンの開幕を告げる第1328回定期演奏会ということになり、指揮者はあのスヴェトラーノフだった。チャイコフスキーの交響曲第5番を指揮した演奏は、この大時代的で広い大地を思わせるロシアの巨匠の聞き納めとなった。この時の感動的な演奏会は先月末に放映された「N響アワー」最終回のトリを務めた迫力ある名演奏として語り草になっている。
その次が11月の定期演奏会で、サヴァリッシュがシューベルトの「グレート」交響曲を指揮したものだ。長いこの曲の魅力に初めて触れたような気がした。実に大変な名演だったと思う。このように、立て続けに名演奏が続き、私も嬉しくなった。N響の実力が向上しているようにも思われた。音楽監督がデュトワになって、オーケストラの舞台上の位置が随分と前に出てきた。その効果もあったと思う。
翌1998年5月には、忘れえぬアンドレ・プレヴィンのモーツァルトと、6月にはハインツ・ワルベルクによるドヴォルジャークやベートーヴェンの演奏に心を打たれた。どちらの指揮者もN響との相性が非常に良いと感じた。ただどちらも高齢であと何回指揮台に立ってくれるだろうかと思ったが、ワルベルクは2004年に亡くなってしまった。一方のプレヴィンは、N響の音楽監督になるほどの活躍となり、今でも毎年来日が続いている。
高齢の指揮者で思い出深いのは、1999年のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキーもその一人で、2月の定期にオールソンをソリストに迎えたショパンのピアノ協奏曲第2番で好印象を残した。その後、日本のオーケストラとの数々の名演奏に私も触れることになる。一方、ホルスト・シュタインは来日が予定されながら果たされなかったのもこの年だが、年末にはデュトワによるシベリウスの交響曲第1番の名演奏が思い出深い。この演奏は、N響との相性がいいだけでなく、そのまま録音してもいいのではないかとさえ思ったほどだったが、世間の評判はよくわからない。
2000年以降に関係の深くなるウラディミール・アシュケナージはいくつかのコンサートを聴いているが、思い出に残るものはあまりない。それに対して2001年に出掛けた3つのコンサートはどれも特徴的で思い出に残る。
ひとつはブロムシュテットによるブルックナーのミサ曲。滅多に聞かないこのような曲も、この敬虔なクリスチャンによる演奏は、大変な美しさだった。あと2つはN響創立75周年を祝っての特別な演奏会で、デュトワによるオルフの「カルミナ・ブラーナ」と、サヴァリッシュの十八番であるメンデルスゾーンの「エリア」である。後者はサントリー・ホールでの演奏で、私にはこのホールで聞くN響は初めてだったが、より近くでメンデルスゾーンの大作を心いくまで味わった。
2012年4月29日日曜日
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