2012年4月19日木曜日

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 ②ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団

ジョージ・セルがクリーヴランド管弦楽団を指揮して録音した一連の演奏は、ほとんどすべて完璧とも言える水準に達している。その演奏について評論家の吉田秀和氏は、セルを「最も高潔な指揮者」と讃え、「これ以上ないほどの高さに到達していた」その演奏は、「中国の陶器、それも元宋から明清にかけてのあのひんやりした清らかさと滑らかな光沢を具えた硬質の感触」だと喩えている。なるほど、そういうものか、うまいことを言うなと私は長年、この演奏を聞くたびに読むことになるソニー・クラシカルのCDのブックレットを読み返すのだった。

この文章のなかで吉田氏は、万博の年に大阪公演で聞いたモーツァルトの交響曲第39番を引き合いにして「まるで北宋画のような犯すべからざる気品の雅致が、ひそかに暖かく、息づいている」と語っている。そして私にとってのセルの思い出も、やはりこのモーツァルト、それも後期の三大シンフォニーのレコードが最初である。「一点の妥協も排した」セルの演奏は「一点一画もおろそかにしない楷書のようなもの」で、私はまず交響曲第40番の確かでギリシャ彫刻のように美しいその音楽と演奏に唖然としたし、第39番の立派な演奏は、いまもってこの曲のベスト演奏であると確信している。

そのセルのベートーヴェン、その中でもひときわ精彩を放つのがこの第9の演奏である。合唱に、あのロバート・ショウ合唱団を起用した演奏は、完璧に素晴らしいが、玉にキズがあるとすればその録音である。当時の録音には、もっと素晴らしいものがあったのだが、この当時の米国の録音にはあまりいいものがない。セルはその犠牲になってしまった。ややもすれば硬いその録音を通してセルの演奏を聞くので、少し歩が悪いのだが、今もってリマスターされるほど人気が高く、しかもSACD化されたりするところを見ると、やはり熱心なファンがいて、何とかこの演奏を少しでもいい録音で聞きたいと日々思っているのだろうと思う。

セルはウィーン・フィルと録音した劇音楽「エグモント」の名演もあるし、EMIに録音したドヴォルジャークの交響曲第8番などを聞くと、その演奏が単に完璧なだけの、つまり冷たさが全面に出ただけの血の通わない演奏であるのとは、違うと感じる。リハーサルはさぞ厳しかったのではと想像できる。当時の米国は、いわばモータリゼーション全盛の時代で、クリーヴランドと言えばその中心地のひとつであった。その時代は遠く過去のものとなった今でも、クリーヴランド管弦楽団の名前には過去の栄光のイメージがつきまとうのは、セルの時代がいかに素晴らしかったかを物語っていよう。

これほど完璧な第9の演奏は、このセルの前にも後にも存在しないように思う。

さて第9の他の演奏だが、思いつくところではショルティ指揮シカゴ響による70年代のものがいい。ショルティの残したベートーヴェンの中では、これは白眉である。もう一度聞いてみたい演奏としては、ミュンシュ指揮ボストン響による速めの演奏に興味がある(だが録音は良くない)。これらの演奏はみな、同傾向にあると言えるだろうし、米国の少し昔の演奏である。

これに対し、クレンペラーの演奏は傾向が違う。フルトヴェングラーの第9では、有名なバイロイトの復活演奏ライヴがいいとは思うが、この第3楽章はおそろしくゆっくりとしていて、泣けるようなメロディーである。この楽章を聞けば、フルトヴェングラーの演奏の特徴がわかる。ラトルがウィーン・フィルと来日して演奏した第9は実演で聞いた。素晴らしかったが、これはライヴ特有の迫力が優っていた。第9は何でもありの曲で、どうなろうとそれはそれで良い、と開き直っているかのような演奏だったが、それもひとつの解釈だろうと思う。

私が初めて自分のお金で行ったコンサートは、やはり年末の第9だった。1978年だっったかで朝比奈隆の指揮する大阪フィル。年末の第9は最近でもたまに行くが、一昨年のNHK交響楽団の演奏は、指揮がレオンハルト。これはなかなか良かった。テレビで見たN響の第9では、昔のスイトナー指揮のものと、最近ではスクロヴァチェフスキーが印象的。また私は2007年に金聖響指揮東京都交響楽団による第9(6月頃)を聞いて、我が国でもとうとうこういう演奏がなされるようになったかといたく感銘を受けた覚えがある。

ディスクで名演に巡りあうのは難しいが、こう並べていくと、結構第9は聴いているのだなと改めて思う。

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