2012年4月26日木曜日

N響の思い出①

久しぶりにN響の定期演奏会に出かけ、N響アワーの終了について書いたので、ついでにこれまでの演奏の思い出について私なりに書いておきたいと思う。

私がN響の定期演奏会にでかけるようになったのは、丁度20年前の上京時で、社会人としてスタートを切った25歳の時であった(平成4年)。当時は独身で、お金はなかったが時間は割りにあったので、あこがれの定期会員とやらにさっそくなって、最低でも月1回はNHKホールにでかけた。私はこのときはじめて、実演で聞く数々の演奏から、思いがけない名演奏や名曲に触れたり、その時の指揮者やちょっとした調子で、音色に変化が生じたり、たとえようもない名演奏になったりするオーケストラの面白さを身をもって体験した。

その頃を境に私のクラシック音楽の鑑賞スタイルにも変化が生じたように思う。欧米の有名処のオーケストラを高額なチケットを求めて聞く演奏も良いが、身近に生の音楽がある生活、その中から自分なりの音楽を聞く楽しみを見出すスタイルが、確立されていったように思うのだ。

N響との関わりは、この時から深くなり、200回を超える演奏会の経験のうち、N響との定期演奏会等の回数がおそらくもっとも多いだろうと思う。また公共放送の専属オーケストラであることもあり、その演奏はかねてからテレビやラジオで聞くところであった。大阪に住んでいた学生時代にも、私は名演と言われる演奏の数々をブラウン管を通して体験している。それらを含めると、私とNHK交響楽団との関わりは、以下の4段階に分けられる。

(1)中学生時代上京するまでのテレビ時代(1979-1991)
(2)上京後、米国滞在までの定期会員期間(1992-1995)
(3)帰国後から2001年頃まで(1997-2001)
(4)その後の期間(2003-)

なぜ2001年が区切りになるかについては、難しい問題だが、ここは公私ともに区切りがつくからである。N響に関しては75周年記念という区切りの年で、そしていわゆる「デュトワ時代」の終わりでもあった。その前と後ではメンバーも大きく入れ替わり、N響の演奏もかなり違ったものに思えるのが理由だ。サントリー・ホールでの定期演奏会もこの頃始まったように思う。

それぞれの期間でそれぞれの指揮者による名演奏が思い出されるし、そのいくつかは「N響アワー」の最終回シリーズでも紹介があった。だが私の経験からすると、テレビで紹介されない名演奏も数多いし、紹介されたからといってその演奏会に行ったとは限らない。だからどの演奏がよかったか、などというのはどう頑張っても個人的なものになるしかないのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」変ロ長調作品56a(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団)

ブラームスの今一つの管弦楽作品「ハイドンの主題による変奏曲」は、ハイドンの作品を元にしたものではない。ハイドンの作品とされていた頃のディヴェルティメント第46番変ロ長調Hob.II.46の第2楽章を題材としている。この曲は「聖アントニウス」というタイトルが付けられているように、古...