
ただ、しばしば「標題音楽」の元祖とされるベートーヴェンの「田園交響曲」は、確かに親しみやすい自然描写の解説が付けられているが、単純な自然の描写音楽ではない。あくまでそれを感じる人間本来の気持ちや思考を音で表現したものということである。第2楽章の小鳥の描写でさえ、既に聴力を失いつつあった音楽家の想像力と、自然への憧れを描いている、とさえ言えるのではと思う。
第1楽章の副題は「田舎に着いた時の楽しい気持ち」。このメロディーは第5番のような派手さと衝撃はないが、一度聞くと耳からは離れないようなものである。流れるメロディーも、ウィーンの自然のようになだらかに起伏を繰り返しながら進んでいく。私はフルトヴェングラーの演奏が忘れられず、遅い演奏が好みだったが、最近は速い演奏の方をよく聞く。
第2楽章の「小川のほとりの風景」。実は「田園」の最大の聞き所は、この第2楽章である。この牧歌的で平和なメロディーを、中学生だった私はどれほど愛したことか。ある日初夏の松本を訪れたことがあった。梓川の広い川岸に座って、まだ雪を頂く遠くの北アルプスを眺めながら、私はこの音楽の幸福な気分にぴったりだと思ったことがある。ここもやはり快速の音楽が流行りだが、一昔前の古風な歌うような演奏も、またいい。
第3楽章「田舎の人の楽しい集い」。スケルツォだが、初めて聞いたときはせっかちな曲で楽しめなかった。だがホルンや木管楽器が入れ替わり立ち代り楽しいメロディーを弾くので、大変楽しい音楽である。
ここから第4楽章の「嵐」は続く。雲行きが怪しくなり始め、急に雷が鳴って突風が吹き出す。何と見事な嵐の情景かと思う。そして静かに雷雨が去っていった後は、第5楽章「牧歌。嵐の後の感謝の気持ち」が続く。私はここの導入部分が「田園」の中でもっとも好きな部分だ。ドイツでも嵐の後は感謝をするものなのか、と最初は思った。田舎に着いた時からのこれまでの歌とはまた違った晴れやかさがここにはある。「嵐」を除けば、合計4種類の「幸福なメロディー」に出会うことができる。それぞれが異なっている趣だが、全体を通してストーリーが成立し、丸で絵に描いたように続いていくところが何とも見事である。ベートーヴェンは、激しく衝動的な音楽だけを作曲したわけではない、ということが端的にわかる作品であると思う。
今のお気に入りは、ロジャー・ノリントンがシュトゥットガルト放送交響楽団を演奏した彼の2度目のベートーヴェン全集からの一枚。ビブラートなしの快速演奏だが、流れるようですっきりと美しい。第4楽章では上段一列に並んだバスが一斉に鳴り響き、迫力満点の嵐のシーンとなるのは聞き応えがある。200年前の曲でも、こんなに新鮮に聞こえるのかとの思いを新たにした。
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