2012年3月8日木曜日

ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調作品92

第5番「運命」(と当時は言った)、第6番「田園」、第3番「英雄」、そして第9「合唱付き」と聞いてきた私が次に聞いた曲が第7番だった。この第7番にはタイトルがない。それでどんな曲なのかは聞く人に委ねられる。しかしこれほどにまで見事な、興奮させられる曲だとは知らなかった。いつどの演奏でそう思ったかは思い出せないが、気がついてみると毎日のように第7番を聞いていた。

第1楽章には序奏が復活し、しかもそれなりに長い。木管のパートが呼応しあうように音を沈め、やがてフルートが印象的な第1主題を奏でると、いよいよ舞踏会の幕開きである。ワーグナーをして「舞踏の権化」と言わしめたダンスのリズムは、この第1楽章で独特なステップのアクセントを印象に残す。演奏は早くも乗ってくる。全体を通して大変完成度が高く、これはもう素人ながら、この他の結果は有り得ないよ、と思うくらいなので、体を揺すって音楽に同化する。馬が走るような感じで明るく、陽気に満ちている。

第2楽章は過去の偉大な指揮者で聞くと、厳かで静かな中に滔々と響く弦楽器が、あるときは語りかけ、すすり泣き、脳裏に迫る。だが私はそのような聞き方を最近は好まない。ここは早めに、さっと流して欲しいし、そのような音楽が主流である。あるとき、その清々しさ、新鮮さが気に入って以来、もう後戻りはできない(と今は思っている)。だがそのような演奏で聞いても、この第2楽章の印象は他の音楽を一等引き抜いている。そう言えばここの音楽がポピュラーに編曲されて歌われたり、映画に使われたりすることが多いのも、やはり様々なシーンで使えてしかも印象的だからだろう。

第3楽章のスケルツォは、確かに円熟の曲だがやや長い。しかも最近はすべての繰り返しを行うから、やたら長い。それで最近は速い演奏が多くなった。特にA-B-A-B-AのBの部分は、かつては大上段に構えて悠然と演奏されいたが、今ではフレーズを一気に流す。そうすると少し骨だけの音楽になってしまう。

けれども第4楽章の興奮の坩堝に入ると、そんなことは関係ない。最初の出だしで間をおいて、sとはアレグロで一気になだれ込む。ここの音楽は見事という他はない。弦楽器が第1バイオリン、第2バイオリン、ヴィオラ、チェロの順に同じメロディーを演奏し合う掛け合いの場面では、それがクレッシェンドを伴って天空馬が駆けるがごとくである。終わるように見せかけて、一旦静かになり、さらに早くなって怒涛の如く終わる。大喝采が待っている。

私のお気に入りの演奏は沢山あるが、実はあまり聞くことがない。昔聞き過ぎたせいか、最近では第7番を敢えて聞く機会も随分減った。そのような中で、クラウディオ・アバドがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共にローマを訪問した際にサンタ・チェチーリア音楽院で演奏したベートーヴェン・チクルスのライブ映像が素晴らしい。この時アバドは病から復帰し、やつれた姿で我々を驚かせた。だが演奏は集中力があって力強く、しかも楽しさに満ち溢れている。どの交響曲もいいが、特に第7番はベルリン・フィルが乗りに乗っている。セカンド・コンサートマスターの安永徹が、第1楽章で「これは行ける!」とでも思ったのか目配せをするあたりも映っている。

総じてベルリン・フィルの技量と迫真の演奏、それを楽しそうに指揮するアバドの姿が印象的だが、DVDはそのアバドのみを固定カメラで映すマルチ・アングル機能と、インタビュー映像まで付いている。アバドはこの病気を境に何かが変わったような印象を受ける。音楽を楽しむことの素敵な雰囲気が、映像から感じられる素晴らしいベートーヴェン全集である。

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