2012年3月17日土曜日

東日本大震災の記録(7)

2011年3月16日(水)~18日(金)

今回の震災は「想定外の事態」などと言われる。だが、本当にそうだろうか。少なくとも福島の原発に関する限り、これはあてはまらない。そもそも大惨事を想定しなくていいというのなら、あのような僻地に立地する必要はないはずだ。東京から200キロ以上離れたところ(そこはもはや東京電力の管轄ではない)にしか原発を誘致しなかったその事実だけで、大惨事の際の影響を想定していると言えるのではないか。

三陸の津波も、過去の地震で同程度の波が押し寄せた記録があると聞く。であればこれも、想定できなかったというのは言い訳に過ぎない。私は今回の非常事態が、そのような誤魔化しと責任逃れの体質を一気に暴いて見せたことを強調したい。このような空気が蔓延していた最近の日本で、だれが責任をとるのかも明確でない体質は、石原東京都知事をして「天罰だ」と言わしめたのではないか。

そもそもこれほど大きく報道されながら、何が「天災」と「人災」を区別する基準か、を議論する番組にお目にかかったことがない。ルネサンス以降の人間主義(いわゆるヒューマニズム)は科学合理主義を生み出し、自然は人間こそが神に代わって支配することができると考えられた。しかし地震や津波は、まだ十分に解明されているとはいがたく、よって人間がまだ十分に支配をすることはできないでいる。その意味で地震と津波は天災だと思う。

一方、原発は最初から人間が最も高度に制御することを前提とした技術であった。あらゆる事態に備えて原発をコントロールするプランを考えておく必要があり、しかもそれを実際に発動できなければ意味がない。しかしここで、安全に対する考え方が安直に決定され、社会的な正義が通らなかった節がある。密告がばれ、資料が改ざんされた。これは人災であり、しかも技術的な問題と言うよりは運用の問題であろう。

この日は、妻のPCがインターネットに接続される環境を求めて弟の家に入り浸ることとなり、また私が本来東京で予約していた病院の診察をキャンセルして処方箋だけを受け取って、大阪の薬局でそれをもらうなどという雑事と、さらにはこの間の息子と甥の相手を連続して行うことなどといったことで、時間を費やすこととなった。

大阪でも季節外れの雪が舞っていた。会社では社命を受けた社員数名が、長岡経由で仙台入りし、寝ないで復旧作業にあたっていた。私は会社のメールサーバに接続するアプリケーションを携帯電話に入れて持ち歩くように指示されているが、妻はブロードバンド環境が必要だった。しかし我が実家にはADSLによるアクセスしかなく、しかも無線LANの環境もない。

私はこれを改善すべく、無線LANルータやらWiMAXルータやらを買ってはいろいろつないでみたが、なかなかいい案はなかった。かといって普段は、光ケーブルを引くほどの需要もない。

原発で最後に残った4号機にも問題が生じるのはこのころである。

そもそも4号機は地震発生時、定期点検中で問題が生じる可能性はないと私も信じていた。しかし、炉心から取り出した使用済み核燃料が、そのそばにあるプールに保管されているというのである。私はもともと興味などなかった原子力発電所の構造を知ることとなっただけでも驚きだが、それがこのようないい加減な仕組みになっているのかを初めて知ることになる。

この使用済み核燃料は、当然格納容器の外にあるわけだから、冷却に失敗してむき出しになると、放射性物質は直接大気中へ放出されてしまう。従って、より事態は深刻ではないか、と思われた。だが、こう立て続けに原子炉の問題が次々と明らかになると、誰もが麻痺していくのではないか、と思えるほどに、もはやマスメディアも政府発表を伝えるだけの機能停止に陥っていた。

損壊した建屋に対し、ヘリコプターから水をまくのはこのころである。だが、これが何の役にも立ちそうにないことは、誰の目にも明らかだった。そもそもこのような発想で原子力発電所が作られていることに私は驚く。タービン建屋から校放射性物質が漏れていることが第2号機で明らかになるのはもっと後だが、そもそも格納容器で放射能を覆っておきながら、汚染された冷却水がぐるぐる回る時にタービン建屋に循環する、というのは何とも変な話のような気がする。

いろいろな話が、安直にされているような気がしてならない。そしてそれはもう何十年も前から続いてきた負の遺産である。菅政権がこのような過去の遺産を整理する羽目になるのは、何とも皮肉なことである。だが、私たちはそのように蔓延してしまった過去の安直な体質こそ、改めるべきではないか。

いやその前に、過去の安全政策に関わった人々、東京電力から献金を受けた政治家、原発を推進した団体や自治体を公表すべきだ。おりしもみずほ銀行のATMが全面停止のトラブルを起こしていた。これも合併時にシステム統合をいい加減に済ませた人災ではないかと思っている。

※写真はあぶくま洞(2004年)。福島第一原発からまっすぐ西に郡山方面へ向かうと、丁度中間くらいの場所にある。のんびりしたところで、私は晩夏のバーモントを思い出した。

(2011/4/20)

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