2012年3月26日月曜日

東日本大震災の記録(16)

2011年6月

3月11日に起きた東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所の大惨事は、いまだに収束を見ていない中で、首都圏の放射線量に対する恐怖がにわかに高まっている。そして暑い夏を目前に控えて6月の今は、表面上は落ち着きを取り戻し、にわかに休戦状態にあるのかも知れない。5月の連休以降の記録をしておく。

5月に入ってすぐに、私は北海道の妻の実家へ身を寄せた。羽田空港からJAL機に乗っても福島沖の上空を通過するのだが、それはよくわからない。ただ、雲の上に突き出した富士山は大変きれいだった。到着した北海道はまだ寒く、むろん桜も咲いていない。季節が逆戻りしてしまったのだが、やはり解放感は違う。

天馬街道を超えて日高から十勝に入るとき、やはり雪が少し残っていた。私は広尾町から襟裳岬を目指した。ここは黄金国道という、我が国の多くの海岸沿いの道でも屈指の断崖コースである(写真)。20年ほど前に一度通ったことがあるが、今回はすべての集落で立ち止まり、そしてこんなところにも人が住んでいるのか、と思うような小さな集落でも、その入口には津波の際の避難所を示す標識が立てられていることを発見した。

これは襟裳岬を回って日高地方一帯までずっと続いている。北海道の歴史は、書物に残っていないアイヌの時代を除くと、わずかに200年程度である。1000年に一度の大地震や津波は、もちろんほとんど記録に残っていない。けれどもこの地域が太平洋プレートに起因する大地震に見舞われると、やはり三陸地方を壊滅させたような大津波の被害に遭うのではないかということは容易に想像できる。そのような海岸を走りながら、東静内を抜けようとしていた頃、カー・ラジオが大ニュースを報じた。

「菅首相は浜岡原発の停止を要請」というのがその趣旨であった。私は久しぶりに興奮した。翌日、東京へ戻る機内で、北海道新聞、朝日新聞、読売新聞などを読み比べ、帰宅後は日経新聞も見た。各社とも見出しには驚きの文字が躍っていたが、社説には中部電力はこの要請を受け入れよ、となっていた。ただ日経だけはニュアンスが異なった。どの記事も記者によって、立場が違うように見えた。ただ、私は単純にこれは英断だと思った。

菅首相や経済産業省がどのような思いでこの要請をしたかはよくわからない。だが、非常に唐突に、しかも一歩先を行くようなジャンプをしたことは驚きであり、そしてそれは原発を止める方向に向かったように思う。「説明がない」などと言われるが、福島の事故以外に何の説明がいるというのだろうか。

このあと東京の放射線量について徐々に不安が広がって行った。私も線量計を買おうかと迷ったが、ガンマ線しか測れない安価なものでは、気休めにしかならない。神奈川のお茶からセシウムが検出され、この不安は一気に高まった。共産党の東京都議団によれば、東京の放射線量は文科省の公表値の倍以上のようである。さらに内部被曝の問題!

私の住む港区は、年間の被曝量が基準の1ミリシーベルトとなるぎりぎりのところにあることがわかる。そして汚泥から高濃度の放射線量が見つかるに至って、不安はますます高まった。各種の雑誌は情報がいかに隠ぺいされているかを書き立てている。菅総理は、しかし、浜岡の停止に続いてエネルギー政策の白紙からの見直しを唐突に表明した。

この2つの出来事は、少なくとも菅総理は反原発の方向に大きく舵を切ったことを意味する。だが、これは日本政府のゆるぎない方針ではない。いやむしろ、経産省をはじめとする政府内部には反対派が数多くいることがわかる。

菅総理のこのような発言が続いたことで、いわゆる「菅降ろし」が始まったからである。これはエネルギー政策、つまりは原子力政策を存続させようとする立場の側からの逆襲である。しかし、民主党内部の半主流グループを発端とする内閣不信任案は、「辞意表明」によって圧倒的多数で否決され、その後の大連立構想も頓挫して、古い政治への逆戻りは辛うじて阻止された。

数々の失態を演じながらも菅総理の首がつながることで、ベストではないにせよ、ノット・バッドな選択は守られた、というのが私の(非常に少数意見だが)見方である。菅首相にははっきりと反原発への道筋をつけて引退するか、さもなくば、原発反対の立場を明確化して解散総選挙をしてもらうのがいいと思っている。

メルトダウンが起こっていたことなど、一連の事故隠しが次々に明るみに出る中で、水棺作業も失敗し、高濃度汚染水の行先も定まらず、放射能の除去装置も故障続きとなっている。このような非常事態の中で、政治は何も決定できていない。この責任は、第一義的には首相にある。首相が何を考えているのか、あるいは考えていないのか、非常にわかりにくい。それは半分は菅首相の責任だろうが、残りは民主党、そしてメディアの責任だろうと思う。

NHKや大手の新聞がもはや正確なことを伝えていないことは明確となった。7月から始まる節電も、その根拠があいまいなままである。原発を止めるための節電なら大いに協力したいところだが、そのためには電力需要に関する情報を公開してもらわないと困る。経産省の中ではまだ、原子力推進派が幅を利かせており、これが財務省と結び付いて日本を壊滅の方向へと導こうとしている。たよりない菅首相しかその盾になる人はいないのが悲劇である。そのようななかで復興は遅れ、経済の沈下は続いている。

(2011/6/18)

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