2012年3月29日木曜日

東日本大震災の記録:読書ノート(2)



2011年7月31日 広瀬隆、明石昇二郎「原発の闇を暴く」(集英社新書)

3月11日に福島第一原発事故が起きてから、それまでほとんど無関心に近かった原子力発電に関する本を読んでいる。事故後に企画された書籍が、最近になってようやく書店に並び始めた。どの本も良く売れているようで、平積みになっている。中には何十年も前に発売された本が復刊しているようで、その関心の高さがうかがえる。

何十年も前から広瀬隆は反原発派の中心人物だったが、彼をテレビや新聞のメディアが取り上げることはほとんどない。それは原子力自体がタブーであり続け、反対派は左翼運動と結び付いて過激になり、一方で推進派は言論を封鎖して「絶対安全」という神話に基づいて施策を進めた。
だが、今回の事故がたとえ想定外だったとしても、起きてしまった事実を否定することはできない。その意味で、それまで原子力行政に携わったいわゆる「原子力村」の責任は重大である。それは打ち消しようがない。

本書はその原子力村の今の住民たちが、特にこの事故以来どのように振る舞い、なおもどのような無責任なことを言ってきたか、してきたかを実名入りで暴いている。原子力行政のこれまでの経緯や、反対運動を含む歴史的流れを概観しようとしても、本書はさほど役に立たない。だが、今の御用学者や官僚が、どのような役割を果たしているか、果たしてきたか、現時点での視点でその内容を暴いていくことにこそ、読み応えがあり、他の本にないものである。

今や数十万人もの市民を路頭に迷わせ、何世代にもわたる汚染物質を垂れ流した東京電力は、存在すべきでない悪徳企業であることは誰の目にも明らかである。たとえ原子力を残す必要があっても、東京電力は残すべきでない。いや、核燃料の捨て場がない以上、原子力発電を「平和利用」などと偽って推し進めることは、もはやできないであろう。

東電にもまた経産省にも善良な人はいるに違いない。だが、今回の取り返しのつかない悲劇を招いた張本人達は、過去にも遡って責任を問われるべきである。原子力の議論は、その後からにしてもらいたい。

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東日本大震災は、深刻な原発事故をもたらしたので、津波や地震の被害はその陰に埋もれがちだ。だが、そもそもこの地震は、津波の被害の甚大さにも目をそむけてはいけない。やはり震災以降には多くの津波に関する書籍が発売されている。私が読んだのは、その中でも古典とも言える過去の津波のルポである。

2011年7月6日 吉村昭「三陸海岸大津波」(文春文庫)

震災のあとに書店でいろいろな関連書籍が並んでいた。その中で最初に手に取ったのは、吉村昭が昭和45年に調査して書いた「三陸海岸大津波」であった。この本を含め、地震や津波に関する書物が私の興味の対象となった。だが、それは長くは続かなかった。というよりも、原発関連の話題の方が喫緊のテーマになったからだ。

これは被災地の復旧や復興に対する思いと良く似ている。原発の問題が生じたために、被災地を応援する気持ちになかなかなりきれないのである。収束を見ない問題がある以上、それ以外の問題は、とりあえず横に置いておこう、というわけで私は津波に関する関心を、半ば心なく封印することになった。

YouTubeでは今でも津波の生々しい映像を見ることができるが、こういった映像は今ではほとんどテレビでは放送されなくなった。けれども、津波の瞬間を映像でとらえたのは人類史上ほとんど最初の出来事だった。それらをある日、意を決して見いった。震災から3カ月以上が経過した6月になってからのことである。そして言葉を失うような映像のあとでこの本を読むと、まさしくこれと同じような光景が明治、昭和初期、さらにはチリ地震の際にも三陸海岸で繰り広げられていたことを、十分な確信を持って知ることになる。

三陸海岸は辺境の地だが、その個々の集落に、数十年おきに津波が襲っているにもかかわらず、人が住み続け、そのたびに被害に見舞われている。このことをどう理解すべきだろうか。
復興構想会議が報告書を提出して、もはや海岸部には住むべきでないと進言したが、それは誰もが思いつくことである。しかしここに住んできた人は、それでも沿岸部に住むことを止めなかった。他の土地に移住することもなかった。彼らは津波を言い伝え、避難訓練にいそしみながらも海と共生し、そしてそのメリットを享受してきた。問題はもっと複雑で、そういう言わば被災を心のどこかで想定しているにもかかわらず、やはり生活を変えられないのである。これは東京の地震についても同じことかも知れない。

本書は小説ではなく、事実を調査したルポルタージュである。だが、このような大災害であったにもかかわらず、知られていることは意外に少ない。人間は知りたくないことを忘れるのが上手である。そして「想定外」などと言いながら、被害に甘んじるのだろうか。そうだとしても、やはり被害に遭った人間は浮かばれないだろう。過去の経験から学ぶことが人間の知恵であると信じてきたが、実際にはそう簡単な話ではない。唯一、本書に収められた、被災した当時の子どもたちが記した貴重な作文が、被災の実態を冷徹に物語っている。目頭が熱くなるが、そういった貴重な体験があったにもかかわらず、被害は繰り返されてしまった。私はその三陸海岸の素晴らしい自然景観を、とうとう知ることなく、津波の映像を通してしかこの地域を考えることができなくなっている。そのことが何かとても寂しい。

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震災から一年余りが経過して、改めて様々な関連本が出版されている。この1年の間に政権は変わり、私はテレビをほとんど見なくなった。報道されている内容が信用出来ないことに加え、やることなすことがあまりに虚しいからだ。東北の復興はなかなか進んでいないが、そのようなことを糾弾する報道も、原発に対する報道も、いまや疲労感が濃い。日本中が思考停止に落ちいっているなかで、無謀な増税論だけが先行し、意味のない東電救済策などが検討されている。津波に襲われた三陸海岸だけでなく、日本中が経済的な大津波に襲われようとしている。我々はそのことに気づいていながら、何もしようとしていない。

原発は残る泊原発の一機を除いてすべて停止したが、昨年輪番停電騒ぎがあったときに比べると、この寒い今年の冬も何も起こらなかった。パチンコ屋や自動販売機、それに深夜のテレビ放送が休止される様子もない。

イランの核施設がイスラエルによって攻撃されるのは時間の問題だが、そうなるとホルムズ海峡が封鎖され、日本へは石油の輸入が滞る。そのような中で、原発が稼働できないと日本の経済的困窮は一線を超えて、ギリシャ危機のようなことが対岸の火事ではすまなくなるだろう。多くの首脳が入れ替わる今年は、夏までは何とか持ちこたえても、その後には未曾有の混乱が待ち構えているような気がする。大嵐を前にして、日本は異様なまでに静かである。

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