2012年3月18日日曜日

東日本大震災の記録(8)

3月19日(土)

震災からはや1週間が経った3連休の初日、京都に住む義妹夫婦が一緒に出かけようということになり、阪急電車で河原町へ向かった。蛇足だが、阪急京都線の特急は今や急行電車並みの停車をした上に、昔に比べると値段も高く、座席も向かい合わせではない。つまりサービスの低下が見られる。何と淡路に止まるのには驚いた!

河原町の交差点で待ち合わせ、二年坂の近くのそば屋で昼食をとった後、清水寺へと向かった。昔何度か行ったお寺だが、久しぶりに訪れてみて、随分きれいに整備されたお寺になっているなあ、と思った。春の京都とはいえ、まだ桜の季節にはわずかに早い。それでも天気がいいせいか多くの人出である。東日本の暗さはここには全くない。

三年坂から引き返し、丸山公園に向かって歩く。土産物屋を物色しながら、のんびりした休日を過ごした。途中に高台寺もあったので、そこにも初めて行ってみた。豊臣秀吉の正室ねねが晩年を過ごしたお寺である。

やがて丸山公園に出て、知恩院の前を祇園に向かって進み、河原町の高島屋で買い物をして帰った。

この日は大きなニュースが目白押しだったが、震災の記事に押されて扱いは比較的小さい。19日付けの日経夕刊は、1面の見出しに「首都圏 我慢の連休」となっている(東京版)。前日には急激な円高に対してG7が協調介入に踏み切った。これは驚きだった。さらに、フランスを始めとするNATO軍はリビアに空爆を行った。原発事故で需要が高まる石油に対し、基地の爆破をカダフィ大佐が示唆したことが引き金になったとラジオは告げていたが本当か、どうか。あと、菅首相が自民党の谷垣総裁に入閣を要請し断られた。そうわかっていて、あえて要請したという見方もあるが、自民党も日和見的で情けない。

この日の時点で死者は7000人を超え、阪神大震災を超えた。まだまだ増えるだろうことは、行方不明者の数の多さから誰でも想像できる。弟の義兄は奥さんが気仙沼出身で家族が被災したそうだが、無事が確認できている。また、保育園の家族に仙台出身の方もいたが、やはり命は無事だったようだ。会社も1万人以上もの社員がいるにも関わらず、家族を含め全員無事だったようだ。また東北の大学で務める元同級生も、無事の連絡が取れた模様。やっとほっとした一日だった。
(2011/4/22)

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