2012年3月4日日曜日

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」

単にベートーヴェンの新境地を開いた象徴的な作品としてだけではなく、音楽史に残る大作として「英雄」はアルプスの高峰のごとく屹立している。第1番や第2番にあった序奏は、「英雄」ではわずかに和音がふたつになるまで短縮されている。その始まりに息をのむだけでなく、その後に17分にも及ぶ長大な第1楽章は、その長さを感じさせないまでに素晴らしい。

第1楽章はソナタ形式で書かれている。ソナタ形式とは学校の音楽の授業で習った古典音楽の基本形式の一つで、「主題提示部」「主題展開部」「主題再現部」の3つの部分からなる。「英雄」の第1楽章は、とてもかっちりとしたソナタ形式で書かれている、ということらしいので、私はこれまで幾度と無くその形式を追っていこうとしたのだが、まあ音楽には素人の身でもあり、いつもどこかでわからなくなる。というか、実はそうではなく、どうでも良くなるのである。それ以上に曲が素敵なので、そのような拘った聞き方がしたくてもできない。音楽に興奮し、聞き惚れているうちにあの素敵な高揚を見せるコーダまで、あっという間に時間が経つのである。

その第1楽章の主題は最近、繰り返されることが多い。繰り返しが始まると、また最初から?と気が遠くなるような思いになるか、それとももう一度これが聞けるのか、と嬉しく思うかが演奏の良し悪しの分かれ目である。この長い主題提示部には、第1主題と第2主題が含まれているが、第2主題が何かは、言われてみないとわからない。音楽はここですよ、と止まってはくれないので、ここでまあどうでもよくなるわけである。

主題の展開部は提示部よりもさらに長大で、しかも大変充実している。「英雄」をいい演奏で聞くと、この10分間の進行が何とも言えない愉悦の時間である。三拍子の早いリズムが最初からずっと継続的に刻まれ、様々な楽器が上昇したり下降したりを繰り返しながら、あるときはピチカートで、あるときは和音の連発で、あらゆる手法を駆使してここを快速で切り抜けていく。 そして主題再現部になだれこむといよいよコーダである。コーダの素晴らしさは昔から聞き所と言われているが、新しいベーレンライター版では、トランペットの上昇が抑えられ、消えてしまう。これを木管楽器が引き継ぐ形になるので、初めて聞いたときは「あれ?」と思うのである。だが、そういう指示だと理解してしまうと、ここをどう演奏するかが次回からの聞き所となる。その面白さというのもまたクラシック音楽だろう。

第2楽章は「葬送行進曲」と言われ、これがまた聞き所の多い長い曲である。あまり遅い演奏で聞くと、大変な感銘を受けることもあるが、再度聞くのを躊躇してしまう恐れがある。だが最近の演奏は総じて早いので、ここの音楽の新たな魅力に触れる機会も多い。「偉大なる人の思い出」というのがナポレオンのことかどうか、といったことは私は専門家ではないので、ここでは触れないが、第2楽章だけを切り出して聞いても立派な音楽で、これが交響曲の中にあるというのは当時では破格の位置付けである。

いかにも重そうな曲として始まるが、すぐに明るい長調となり、最初の盛り上がりが現れる。そのあとは注目点の大フーガ。ここの重量感が「英雄」の聞き所だと知ったのは、さんざん第1楽章を聞いた後だった。第2楽章の聞き所を押さえていると、友人にも自慢ができたものだ。

だが聞き所は実は第3楽章にも第4楽章にもある。かつてはLPレコードを裏返す必要があったので、私は聞かない時も多かったものだ。それまでの重厚長大な音楽に比べると、第3楽章の軽やかな出差しに違和感を覚え、ベートーヴェンも力尽きて作曲をサボったのではないか、などと勝手な想像をしたものだった。

その第3楽章ではホルンの三重奏に尽きる。ここは難所で、「英雄」をコンサートで聞くときは、開演前に舞台裏で最後の練習に励むホルンパートのこの部分を聞くことが多い。第8番の第3楽章と並んでここはホルンのアンサンブルを楽しむ。

さて第4楽章である。長い音楽もやっと終わりに近づいた。変奏曲がここのテーマで、最初の主題を10通りの変奏で聞いてゆく。かつては暇な曲に覚えたこの楽章も、今では第1楽章と並ぶ迫力ある演奏で、その素晴らしさを私は結構好んでいる。ハンガリー風のダンスの部分も、プロメテウスの創造物の主題も、大好きである。手を変え品を変え、変奏とは面白いなあと思いながらやっとのことでコーダにたどり着く。終結部もホルンが活躍する快速の音楽だが、もう終わってしまうのかと名残惜しい。長い曲だが、聞き所が多く、完成度は非常に高い。ベートーヴェンの音楽は、これでおわるわけではない。まだ「傑作の森」の入り口に立っただけなのだ。

ピリオド楽器奏法が主流になって、かつての巨匠のひしめくエロイカの演奏の定盤にも変化が訪れた。その中でもひときわリズム感があり、また迫力のある演奏がパーヴォ・ヤルヴィによるドイツ・カンマーフィルハーモニーによる画期的な演奏である。第2楽章がこれほど見事に速い演奏でありながら、決して軽くはなっていない。第4楽章のリズム感は驚くべき水準で、購入した時にはここを何度も繰り返し聴いた。「英雄」でこのような興奮を味わったのは、実に何十年ぶりかであった。彼のベートーヴェン全集の中でも、「英雄」は群を抜いていい出来栄えだと、私は思うのだがいかがだろうか。

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